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INTERVIEWフェミニズムで必須の概念「インターセクショナリティ」、なぜ日本で知られていないのか【フェミニズム研究・飯野由里子】

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フェミニズムやブラック・ライヴズ・マター、そしてフェミニズム内部でのトランス排除問題に関連して耳にすることが増えてきた単語「インターセクショナリティ」。しかしその意味を詳しく知っている人は意外にも少ないのではないか。

「交差性」とも訳されるインターセクショナリティだが、なぜフェミニズムを学ぶ上で必須の概念なのか。

東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センターに所属し、クィアと障害(*)、フェミニズムについて研究している飯野由里子さんにお話を聞いた。

「障害」という用語については、そこに含まれる「害」という字が人びとに否定的な印象を与え、障害者に対する負のイメージに結びついてきたと考えて「障がい」や「障碍」といった表記を用いる人もいる。他方、障害学においては、多数派(たとえば非障害者)の利便性を前提に社会が作られていることで生じている障壁(バリア)が少数派の側にもたらす不利や困難のことを「障害」としてとらえるため、漢字表記を用いるのが一般的である。

本記事はSisterleeとNOISIEが共同で企画しました。(前後編の前編です)

“女性”を一枚岩に捉えると、見えなくなるもの

――インターセクショナリティ、と初めて耳にする人に、飯野さんはなんと説明しますか?

私たちの社会にはジェンダーをはじめ、人種や民族、国籍や階級、障害の有無や性的指向など、社会的カテゴリーとして認知されている差異がありますよね。

「インターセクショナリティ」はそうした差異が別々に存在しているのではなく、互いに結びついたり、交差したりして存在している事実を指す概念です。「インターセクショナリティ」の考え方を使うと、これまでのフェミニズムの中でどういったことが見過ごされてきたのか、それらをどんなふうに考えていくべきかを捉えることができるんです。

飯野由里子さん

――どういった背景があって、「インターセクショナリティ」の考え方が出てきたのですか。

1970年代〜80年代までのフェミニズムは、「女性はみんな共通性を持っているはずだ」という想定をどこかで強く持っていました。それが「シスターフッド」と表現されてきたりもしたんですが。

でも、女性の中の同質性を前提において女性を一枚岩にとらえる見方をすると、見えなくなってしまう問題がたくさんある。

――それは、どのような問題でしょう。

たとえば、マイノリティ女性たちが直面する問題は、フェミニズム運動でも、マイノリティとしての運動でも、中心的な問題として扱われないという傾向があります。

1970年代、黒人女性たちはフェミニズム運動の中では人種の問題が扱われない、公民権運動の中ではジェンダーの問題が扱われない、という状況におかれました。そこから自分たちが直面する問題を組織的に問題提起しようという動きが出てきたわけです。

さらにいえば、女性を同質的な集団と想定してしまうと、ある事柄が様々な属性の女性にとってどのような意味を持つか、その違いも見過ごされてしまいやすいと思います。たとえば、「結婚」が持つ意味とか。

――「結婚」が持つ意味にも、違いが。

フェミニストにとって「結婚しない」という選択は社会のジェンダー規範に対抗する抵抗的なあり方だと理解されている向きもあると思います。

しかし、社会に結婚することを期待されていないどころか、「結婚してはいけない」という禁止を強く受けてきた障害女性にとっては、結婚するということが抵抗として捉えられてきた側面があります。

――なるほど。

似たようなことは1970年代〜1980年代の黒人フェミニストも言っているんですよ。当時の白人女性中心のフェミニズムでは家族は女性を縛り付けるものとされることが多かったんだけれども、黒人女性にとって家族を持つことは抵抗の手段でもあった。

ですから、表面的に見えている現象だけをとりあげて、マジョリティの目線で、それはメインストリームに取り込まれている、取り込まれていないと “判定”するのには問題があるわけです。複雑な物事を理解するには、複雑な問いを立てなければならないということですね。

その複雑な問いを立てることを可能にする考え方が、インターセクショナリティなのだと思います。

“インターセクショナリティ”なぜ広まらない?

――米国などでは、インターセクショナリティは大手メディアなどでも見かける、知名度の高い単語だと感じます。しかし、日本では日常生活で耳にすることがありません。なぜでしょう。

これは日本のフェミニズムだけじゃなく、日本社会全体の傾向なのではないかと思いますが、この社会は、ある種の「標準」を設定しておいて「外れ値」の人たちを周縁に置いたままにしてきたところがあると思います。

おもしろいことに、ソフィー・ルイスという人がイギリスのフェミニズムについて似たようなことを指摘しています。イギリスでは中流・上流階級の白人フェミニスト、日本だと学者を中心としたフェミニストがマイノリティ女性の強い批判を受けずに済んできた。自らの特権性と向き合わずにやってこれてしまった、と。

――マジョリティ女性が持つ特権についての議論も、インターセクショナリティ同様、日本語圏では頻繁には目にしないように思います。

特権は、それを享受しているマジョリティ側にとっては、非常に自覚しにくいものだからだと思います。

今、私は企業研修の仕事などもしているのですが、そこであるゲームをするんです。

ネタバレになるので詳細は話せませんが、最初から不公平な条件が組み込まれているゲームです。ですが、参加者はそのことに気づかず、自分たちの能力やチームワークによって勝ち負けが決まると考えます。勝敗が決まった後でゲームの構造そのものが不公平だったことを明かすのですが、皆さん、すごくショックを受けるんですよね。

――たしかに、話に聞くだけでインパクトがあります。

私は研修でよく言うんです。「大企業に正社員として勤めているってこと自体が、日本社会の中でうまくやれてきた側、つまりマジョリティ側であることの証左ですよ」と。

「個人の努力や能力でここまでやってきたと思っているかもしれないけど、より大きく効いているのは構造的な要因です。皆さんは、社会の中で有利な立場にいたからここにいるんです」と。

――まさに、自分の特権について考えさせられる話です。

さらにいえば、有利な立場に立ってきた人というのは、社会の構造的な歪みが見えにくい位置にいます。その歪みがあることで有利に生きてきたわけだから、歪みを歪みとは捉えませんよね。逆に、社会は平等だったり、公正だったりすると思い込んでいたりします。

むしろ、社会のうまくいっていない側のほうが、社会の構造的な歪みにずっと気付きやすい位置にいます。だから、本来は社会のうまくいっている側が、うまくいっていない側から何が見えているのか学ぶ必要がある。

フェミニズムもまったく同じです。フェミニズムの中で比較的優位な位置に置かれてきた人たちには問題が見えていない可能性があるのだから、不利な位置に置かれてきた人たちの声に耳を傾けなければならない。

複雑な問題の理解を助ける「社会モデル」

――企業研修では、他にどのような話をしますか。

「社会モデル」の話もよくします。「社会モデル」は障害学でよく使われる概念で、誰かが困っている時に、それをその人個人の問題としてではなく、社会のあり方の問題と捉える考え方です。

障害者(マイノリティ)の生活に不便が生じるのはなぜでしょうか? 障害者個人の能力や資質に原因がある、と考える人もいるかもしれませんが、「社会モデル」の考え方では、社会が健常者(マジョリティ)の都合にあわせてつくられているからではないか、と考えます。

たとえば、車椅子ユーザーの方が移動の際に困難に直面するのは、健常者の身体に合わせて街が設計されているから、とも言えますよね。

「社会モデル」の考え方を使えば、多様性を踏まえずに社会が設計されていることに気づくこと、そしてそれによって生じている歪みに問題を見出して社会を変えるよう働きかけることが可能になるわけです。

――2019年9月4日の『しんぶん赤旗』に掲載された飯野さんのインタビューで、この「社会モデル」を、トランス排除問題と結びつけてお話しされていたのが印象的でした。

今の社会は、「性別は身体的特徴のみによって男女の2つに分けられる」という強い前提を持って設計されていますよね。そんな社会だからこそ、その前提から外れるような人たちは大きな困難に直面するわけです。

社会の前提に歪みがあるわけですから、トランスの人たちを攻撃したり、トランスの人たちに降りかかる問題を矮小化しても問題解決になりません。むしろ社会の偏りに気づき、変えていこうと動くことが大切です。

このように、「社会モデル」はいろいろな場面に使うことができる概念ですし、私たちの間に存在する差異や力関係を考慮に入れた、複雑な問いを投げかけることを可能にする点で、インターセクショナリティの考え方にも通じるものがあると思います。

後編は1月16日公開します。

飯野由里子(東京大学特任助教)
東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任助教。ふぇみ・ゼミ(ジェンダーと多様性をつなぐフェミニズム自主ゼミナール)運営委員、OTD(組織変革のためのダイバーシティ)普及協会運営委員。専門はジェンダー、セクシュアリティ、ディスアビリティ研究。

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Photo by annie bolin on Unsplash

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Sisterlee編集部・ 妹

SNSで趣味について発信している有志が運営する、インターネットとフェミニズムのメディア『Sisterlee(シスターリー)』編集部員。最近は中華、スパイスカレー、パフェにハマっている。

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