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ARTICLES脱毛広告がアピールする「主体的な女性」という幻想| 任翅亜(イム・シア)

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街中にあふれる、外見へのコンプレックスを煽る広告たち。
その前提となる外見至上主義に、SNSでは異論を唱える女性も増えている。
美容大国と言われる韓国出身の筆者が脱毛広告をもとに、広告で謳われる「主体的な女性」への違和感をとりあげた。

「脱毛して」「美容整形して」と言わないでほしい

都内に通勤する人は、ほぼ毎日電車に乗るのではないだろうか。
「電車 脱毛」と検索すると、次のキーワードに出てくるのは「多い」と「なぜ」である。
多くの人が何かしらの疑問を抱いているのだろう。

私は通勤のたびに東京メトロを使う。スマホを見る余裕もないほど押し潰される時は、なんとなく電車内広告を見てしまう。
そうすると広告たちは私に「夏の海を満喫したいなら、脱毛しなきゃ」、「シワは化粧では隠せないから、美容整形すれば?」と語りかけてくる。
同じコンプレックス商材の広告には薄毛治療や英会話もあるが、特に「脱毛広告」は私の悩みに直結する問題ゆえに、胸が痛いのだ。
疲れているときほど、自己否定的な感情に陥ってしまう。

「自分の存在を否定」されたような気持ち

その痛みは、紙をパラパラめくっていて突然指を切った時を思い出す。
一瞬、気持ち悪い痛みが全身に響きわたる。その後は、ずきずきとした痛みが残る。
あんな広告1枚で、こんなに傷ついてしまうんだ、と自分でも驚く。

今は意識的に考えないようにしているので、そこまで否定的な感情を引き起こされずに済むが(だとしても完全になくなるわけではない)、はじめて脱毛広告を電車内で見た時はかなり心が揺さぶられた。
元々外見にコンプレックスを持っていた私は、広告を見た時に、「存在を否定された」気分になった。
否定されたと感じるプロセスは、ほんの一瞬で起きるため自分では止めようがない。
とにかく、「今の私のままじゃダメ」だというメッセージを自分の中に受け入れてしまうのだ。

このようなメッセージが、1つの車両に少なくとも1つはある。
むしろ1つは少ないほうだ。2つ、3つの脱毛広告が並ぶことはざらである。
それぞれ価格設定も異なり、ある脱毛サロンは50円や100円といった「激安キャンペーン」で脱毛の敷居を低くし、ある脱毛サロンは全身脱毛の「通い放題」で安心感を与える。
それなのに、コンプレックスだらけの私は脱毛広告の海で途方にくれる。

コンプレックスだらけのわたし

私は子供の頃、よく毛深い女子だとからかわれていた。からかわれ始めたのは小学校の2,3年生だったと思う。
その時初めて、私は自分の体を「恥ずかしいもの」だと認識した。
それまでは友達と元気に遊びまわれる、大好きな体だったのに。

今考えてみれば、何も知らない小学校低学年の男の子たちが、そのようなジェンダーバイアスをどこで身に着けたのか不思議だ。
小学5年生からは、早くも体毛の自己処理を始めた。
離れている母には相談できず、一人でこっそりお父さんの使い捨て剃刀で剃っていたが、間違った方法で処理していたせいで肌を痛めてしまった。

恥ずかしくて誰にも見せられない肌を、20歳になって初めて皮膚科で見せた。
脇は6~7回の医療脱毛をすることでほとんど生えてこなくなった。でも、一度できたコンプレックスは消えなかった。
幼少期のころ大好きだった自分の体は、いつの間にか「人前で見せたくない」ものになっていた。
どうして、どこから、こうなってしまったんだろう。

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脱毛することで、「自分らしさ」と「主体性」は得られるのか

脱毛広告を見ると、モデルの選定も宣伝文句も企業により異なる。
某企業の場合は脱毛をしてツルツルな肌を手に入れることが「自分らしさ」につながると訴えている。

しかし、「自分らしさ」に一体なぜ脱毛が必要なのだろうか。やたらと「主体的な女性像」を前面に出すのも、矛盾している。
自分らしさはツルツルな肌から生まれるものではない。そんなことは、少し考えれば理にかなっていないことくらい分かっている。
しかし、頭ではわかっていても、やっぱり毛のない肌は憧れである。日常の手間を省ける利便性以外のものが、そこにはある。
肌を堂々と露出して、笑っている姿は「自己実現に成功した女性」に見えてならない。私たちが見ているのは広告の中のモデルだけではない。
その先にある幻想を、私たちはツルツルの肌に投影しているのだ。

広告業界で「自分らしさ」や「主体性」を手に入れるという宣伝文句は定番だ。特に美容業界では、自分たちのサービスや製品を利用することで美しくなれると甘美な手を差し伸べるが、プラスαで「自分らしさ」も獲得できると主張する。
その根底には、長年にわたって養われた、美しくなることが自己実現の確固たる道であるという「神話」が潜んでいる。

脱毛広告はおいしいビジネス

多分、これからも色んな脱毛広告が現れ、私たちはそれを見ることになるだろう。
脱毛広告が良く掲載される場所は、「まど上」の部分だ。
最も狭い範囲の「まど上シングル」でも、山手線に1週間載せるには、120万円かかる。
東京メトロのドア上ディスプレイは1週間で300万円だ。
ビジネスの世界だと政府が規制でもしない限り、このように広告費をたっぷり払ってくれる企業の広告を掲載しない選択肢はないだろう。

これだけ高い広告料を払っても商売が成り立っているということは、その分儲かっているという証拠でもある。最近やたらオススメしてくる全身脱毛は、医療脱毛なら数十万円単位だから。
それなら、電車を利用する女性たちは「脱毛しろ」という圧迫をこれからも受け続けなければならないのだろうか。(この頃は男性脱毛の広告も増えてはいるが、まだ女性に比べたら少ない)
冒頭で述べたように、疲れている時ぐらい休ませてほしいものだ。
この記事にたどり着いた多くの人も、そういったメッセージに疲れを感じているはず。
そこで、私が自分なりに考えた解決策を紹介したい。

日本の電車は広告が多すぎる

あまりにも簡単な解決策だが、「脱毛広告がうっとうしい」と思っているのは自分ひとりではない、と考えてみてほしい。
脱毛の話は現実社会では恥ずかしくて話しにくいが、匿名で話せるTwitterなどのSNSでは脱毛広告に苛立ちを吐露するツイートをよく見かける。
インターネット上で色んなキーワードで検索をかけてみると、同じ考えを持っている人は意外といるものだ。
それだけで、少しは強気になれる。

そもそも、ここまで電車内に脱毛・整形・ダイエットの広告が多いのは日本だけだという話も聞く。
私も日本の電車の広告の内容と、圧倒的な量に驚くことがある。
私は美容大国と言われる韓国出身だが、電車内で脱毛広告を見たことはない。
韓国の永久脱毛はほとんどが医療機関で行われており、脱毛広告は病院のホームページや、公式ブログなどで見るのが一般的だ。

NOISIEノイジー脱毛広告がアピールする「主体的な女性」という幻想| 任翅亜(イム・シア)
しかし、韓国では脱毛広告の代わりに、駅や電車内にある美容整形広告が問題になっていた。
それを受けて、ソウル交通公社は、2022年までにソウル地下鉄の広告から美容整形広告を「全面的に禁止」する方針を打ち出すとともに、美容整形に限らず、広告そのものを15パーセント減らすことを目標としている。
その理由として、美容整形広告が外見至上主義と女性の体に対して差別的な視線を助長するという否定的な認識が大きく、2015年頃からジェンダー間の葛藤が浮彫りになり関連クレームが増えたことを挙げている。

不快に思うこと、違和感を覚えることに対して意見を述べることは心細いかもしれない。
でも、一人ひとりの意見が積もりに積もって、韓国では変化が起きようとしている。
もしかしたら日本も…と希望を抱いてみる。

脱毛してもいいけど、それでいいの?

私も脱毛を気にしたくなくて、毛を伸ばしてみたりするけれど、結局気になってしまう。
この時代の波に乗って全身脱毛したら、満足できるのかもしれない。自分のことをもっと好きになるかもしれないし、それを批判することはできない。
条件が整っていたら、私も全身脱毛していたと思う。

でも、それって‥私はどこか屈服したような気になって、悲しくなってしまう。
頑張って生きている自分自身に対して、失礼なようにも感じられる。
自分のことを男性目線から判断し、「対象化」してしまうことは、あまりにも悲しすぎる。
自己否定の連続だ。

ニューヨーク州立大学で心理学と女性学を教えていたリタ・フリードマンも、『美しさという神話』の中で、自分を対象化することで、自分が見る人のために存在するように感じられ、主体ではなく客体になると述べている。
このような対象化が行われることで、自尊心が蝕まれるという悲しい結果になる。
脱毛することで「主体的」な女性になれると呼びかける広告とは相反する真実だ。
真実を知っても、そこから抜け出すことはなかなか難しい。
でも、知っていて苦しむのと、知らずに苦しむのは違う。
不快な気分になることは止められなくても、理由も分からず自分を否定されたように感じるよりはましだ。

広告で自尊心を蝕まれた女性に捧げる。ジーン・キルボーン(Jean Kilbourne)のTED TALK「広告の中の女性イメージ」

電車内に溢れる脱毛や美容整形、ダイエットの広告への違和感は、1960年代後半から広告の中の女性イメージを研究してきたこのジーン・キルボーンのプレゼンテーションによって見事に肯定された。
本稿のまとめとして、この動画で扱う広告は美容業界に限らず多肢に渡るが脱毛広告で不快な思いをした人にはぜひ、視聴をおすすめする。

編集部より:
本人より名前の表記を変更する希望があったため、公開後にタイトルとプロフィールを変更しました。(2020/03/16 19:31)

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任翅亜(イム・シア)

韓国の詰め込み教育に馴染めず高校を中退し、日本に渡って文学・映画批評を学ぶ。『ベルサイユのばら』について卒論を書くほど日本の少女漫画が大好き。現在は日本のIT企業でオウンドメディアに導入事例を執筆中。日々の小さな違和感を共有し、より生きやすい世界に変えていくことを目指します。

イラスト : 前田 絵理

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長野県松本市出身。雑誌のエディターやWebサイトの制作、オウンドメディアの編集長を経て、2018年Faber Company入社。現在は、マーケティングツール『ミエルカ』のCS&マーケティングチームで活動中! 中学生の時に少女漫画誌『りぼん(集英社)』 に投稿していた、漫画好き。

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